第7回 江戸時代の江戸そばは今より黒かった?― 更科そばは本当に白かったのか ―

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そばの色の話は、じつはとても奥が深いんじゃよ

大西

KONA博士、今回は「江戸時代の江戸のそばの色」について教えてください。
そば好きの方から、
「昔のそばは黒かったの?」
「更科そばは本当に白かったの?」
という声をよく聞きます。

KONA博士


ほほう、それは良いところに目をつけましたな。
そばの色の話は、単なる見た目の話ではなくての、
時代ごとの技術と価値観が、そのまま現れる話なんじゃよ。
結論から言ってしまうと、
「江戸時代の江戸のそばは、白いイメージがあるが、
今よりも全体的に黒かった
と考えるのが自然じゃ。



江戸時代、そばの基本の色は「黒」だった

大西

やはり、今より黒かったんですね。

KONA博士

そうじゃな。
江戸時代、そばの基本の色は黒。
白いそばは、特別で上等なそばという位置づけじゃった。
ただし勘違いしてはいかん。
「黒い=悪い」ではない。
黒いそばが当たり前だった時代なんじゃ。



そばの色に対する評価は、時代とともに変わってきた

大西

今は
「黒いそば=田舎そば=普通」
「白いそば=更科そば(御前そば)=上品」
という印象があります。

KONA博士

その印象には、ちゃんと歴史の流れがあるんじゃよ。

江戸時代は、水車を動力とした胴付き製粉、
あるいは石臼を人の手で回して製粉しておった。

昭和や平成になるとロール挽き製粉が開発され、
技術が進み「ある程度白いそば」が
普通に作れるようになった。

その結果、黒すぎるそば粉も製粉できるようになり、
ただ黒いだけのそば粉が流通するようになった。

そこから、
昭和時代に
「黒すぎるものは粗悪」というイメージが
生まれてしまったんじゃ。

今はさらに製粉技術が進み、
黒も白も、そば粉の個性として
美味しい蕎麦が増えてきたのう。



江戸時代の江戸のそばの色は、誰も見たことがない

大西

でも、江戸時代のそばの色って、
実際に見た人はいないですよね。

KONA博士

その通り。
わしらは誰も、江戸のそばをこの目で見てはおらん。
写真も残っとらん。

だからの、
文献や絵、道具、
そして製粉技術の記録から、
「どんな色だったか」を考えるしかないんじゃ。

文献などから、
江戸の蕎麦は
「抜きそば(丸抜きの実)を使った白めのそば」
というイメージを持つ方も多いじゃろう。

しかし、製粉の専門家の立場から見ると、
江戸のそばは、白ではなく、
やはり黒かった可能性が高い



「抜き屋」という職業が存在した理由

大西

江戸時代には、黒殻を取る
「抜き屋」という職業があったそうですね。

うむ、それがじつに面白いところじゃ。

黒殻を取り除く抜き屋、
そして製粉を行う粉屋が、
分業として存在しておった。

抜き屋は、石臼を使い、
臼と臼のすき間を広くして、
軽く挽くことで黒殻を外していた
と言われておる。
重い臼の中心に棒を差し込み、
少し浮かせて調整し、
黒殻だけを脱皮してそばの実を作り、
粉屋に納品していた――
そんな話も残っておるな。

しかしのう、
ミリ単位で調整などできるはずもない

粒の大きさも殻の厚みも、
そばは一粒ずつ違う。
だから割れは避けられんし、
現代のように黒殻や甘皮が
完全に取れることも
なかったと考えられる。
それでも専門の「抜き屋」が成り立った。
それだけ脱皮が難しく、
職人の勘と経験が必要な仕事
だったということじゃ。



現代の脱皮は「勘」ではなく「制御」

大西

現代の脱皮技術とは、
まったく違いますね。

KONA博士

まったく別物じゃな。

今はまず、生産者の段階で
石抜きや精選が行われる。
製粉会社ではさらに、
石抜き、精選、磨き。
脱皮の前に、玄そばは
均一で清潔な状態に整えられる。

そして粒の大きさ。
玄そばは 4~6mmほど。
黒殻は 0.2~0.5mm。
この差を狙うため、
0.3mm刻みで粒をそろえる

その上で、
高速回転するダイヤモンド加工された臼を使い、
臼間を自動制御して
黒殻だけを剥がす。
脱皮後は空気で殻だけを分ける。
これはもう、
人の手では再現できん世界じゃ。



なぜ現代のそばは、ここまで白くなったのか

大西

だから現代のそばは白いんですね。

KONA博士

そうじゃ。
だが大切なのは、
現代は白さも黒さも、
価値ではなく「選択肢」になった
ということ。

白いそばも、黒いそばも、
意図して作り分けられる時代になった。
白は繊細さ、
黒は香りと力強さ。
どちらが上でも下でもない。

技術が進んだことで、
そば文化はようやく
自由になったとも言えるのう。




同じ「更科そば」でも、時代が違えば中身は違う

大西

最後に、更科そばについて整理すると、
どう考えればよいでしょうか。

KONA博士

うむ、ここが一番大切なところじゃな。
江戸時代の更科そばは、
その時代の技術で実現できた、最も白いそば
じゃった。

ただし、その白さは、
今わしらが思い浮かべる更科そばよりも、
もう少し色味のある白じゃ。
当時は、黒殻や甘皮を
完全に取り除いたそばの実を
製造することが難しく、
どうしても割れたり、
薄い色は残った。
それでも、
周りのそばがもっと黒かった時代には、
十分に
「白くて上等なそば」
じゃったのじゃよ。
一方、現代の更科そばは違う。
脱皮、精選、製粉の技術が進み、
白さを意図して
選び取れる時代になった。

現代の更科そばは、
現代技術が到達した「最も純白と言える白さ」
これは、江戸時代には
物理的に実現できなかった白さじゃ。

KONA博士のひとこと

KONA博士

そばは、黒くても白くても、そばじゃ。
色の違いを知ることは、
そばの歴史を知ること。
今の時代は、選べる時代。
わしは、そば文化の黄金時代
生きとると思っておるよ。

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透明感のある更級そば(白い蕎麦)が打てます。変わりそばに向いています。打つのが難しいですが食感、のど越しは最高です。

この記事を書いた人

そばの実研究所 クラコナ博士

年齢:88歳のおじいさん
経歴:若いころは世界を旅し、各国の粉料理を食べ歩いた探究者。ヨーロッパのパン、中国の麺料理、インドのチャパティ、アフリカの雑穀料理まで、世界の「粉食文化」に触れてきた。
思い出:中国の奥地で、地平線まで広がる「そばの花畑」に出会い、現地のそばを食べた経験が人生の大きな転機に。「そばは人類の食文化をつなぐ大切な宝だ」と心に刻んだ。
専門:製粉学・食文化史。粉の鮮度保持や保存方法について教授レベルの知識を持ち、現代の人々にもわかりやすく伝えることを使命にしている。そば打ちが趣味。
性格:おっとりしているが、話し出すと止まらない探究心の持ち主。ユーモアも交えて、難しいこともわかりやすく説明してくれる。

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