寒ざらしは、そばだけの話ではなかった
前回は、今年の寒ざらしそば仕込みの様子をお伝えしました。
今回は少し時間をさかのぼり、
寒ざらしそばの「歴史」を掘り起こしてみたいと思います。
調べ始めて、まず驚いたのは、
「寒晒し(かんざらし)」という技法そのものが、
そばだけの特別なものではなかった、という点でした。
寒晒しは、日本各地で行われてきた保存と加工の知恵
寒晒しとは、
冬の厳しい寒さにさらすことで、
食材の性質を変え、保存性や風味を高める加工法です。
信州の身近な食文化としては、
餅米を寒晒しして作る白玉粉、
ところてんを寒晒しして作る寒天が、今でもよく知られています。
全国に目を向けると、
対馬のサツマイモの寒晒し、
三重のトウキビの寒晒しなど、
寒晒しは保存食の加工法として、日本各地で行われてきました。
さらに食材に限らず、
茨城では楮(こうぞ)を寒晒しして紙の色合いを良くし、
福島ではマタタビの枝を寒晒しするなど、
「寒さにさらす」こと自体が、
日本人の知恵だったことが分かります。
その中での「寒晒し蕎麦」
では、寒ざらしそばは、どのように作られていたのでしょうか。
史料によれば、寒晒し蕎麦の製法は、
江戸時代の文献『本朝食鑑』に、次のように記されています。
「陰暦十二月、殻のついたままの玄そばを水に浸し、
三十日ほど寒中にさらし、
立春の頃に引き上げ、乾燥させてから収蔵する」
発芽ぎりぎりのところで止めながら、
低温と流水を利用して、
そばの中身だけを静かに変化させていく製法です。
文献研究などから、
寒晒し蕎麦が江戸時代中期にはすでに製造されていたことが分かっています。
信州・高遠藩と、将軍家への献上
寒晒し蕎麦の歴史を語るうえで欠かせないのが、
信州伊那谷、高遠藩の存在です。
史料をたどると、
1722年(享保7年)頃には、
寒晒し蕎麦が将軍家への献上品として扱われていたことが確認できます。
しかもそれは、
土用中、いわゆる暑中見舞いとして献上される、特別な蕎麦でした。
献上の方法も厳格で、
寒晒しを終えた玄そばのまま江戸へ運ばれ、
製粉は江戸で行われていました。
信州で仕込み、江戸で完成した寒ざらし蕎麦
江戸では、
外殻を除いた「挽き抜き」製粉が主流でした。
将軍家大奥御用として御前そばを提供していた更科の記録によれば、
御前そばは、
石臼と細かな篩を使い、
今でいうと70メッシュ相当、
歩留まりはおよそ7割。
外皮を含まず、
デンプン質の多い、
歯切れのよい上品なそばであったとされています。
将軍家に献上された寒晒し蕎麦も、
こうした江戸の嗜好に合わせて仕上げられていたと考えられます。
寒晒し蕎麦は、
信州で育てられ、
信州の寒さで仕込まれ、
江戸の技術で完成され、
将軍家に届けられた蕎麦でした。
単なる製法ではなく、
完成された食文化の仕組みだった、というわけです。
途絶え、そして現代へ
この寒晒し蕎麦文化も、
時代の流れの中で、次第に途絶えていきます。
それでも、
伊那市や茅野市など一部地域では、
昭和30年代頃まで細々と続いていた記録があります。
2000年以降、
文献調査や地域の取り組みによって、
寒晒し蕎麦は再び注目されるようになりました。
私たち大西製粉が2004年に寒ざらしそばを始めたのも、
こうした流れの中にあります。
再現ではなく、承け継ぐということ
当時の寒晒し方法を「再現」するつもりで始めた寒ざらしそばですが、
続けていくうちに、
それは単なる再現では足りない、と感じるようになりました。
気温も、水も、流通も、
江戸時代とはすべて違います。
同じやり方をそのままなぞることが、
必ずしも正解ではありません。
それでも、
寒さを味方につけ、
時間をかけ、
そばの中身を変えていく。
この本質だけは、今も変わっていません。
だから私は、
寒ざらしそばは、
一度途切れてしまった食文化を、
理解したうえで承け継いでいくものだと思っています。
形だけを真似るのではなく、
なぜそうしていたのか、
何を大切にしていたのか。
その意味や背景まで受け取り、
今の時代に合ったやり方へと置き換えていく。
そしてそれを、
特定の地域や一部の人だけのものにせず、
全国へ、次の世代へと手渡していく。
寒ざらしそばは、
過去を懐かしむためのものではありません。
そば食のすそ野を広げ、
これからの蕎麦文化につないでいくための、
ひとつのリレーなのだと思います。
私たちはその途中の走者として、
今できる形で、
この食文化を次へ渡していきたい。
そんな思いで、
今年も寒ざらしそばに向き合っています。
執筆:大西製粉 社長 大西 響

[2026年2月発売] 寒ざらしそば粉 2025 [1kg/500g]
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